休日になると、私は車を走らせたくなります。
特別な観光地へ行くわけではありません。
有名な温泉地を巡るわけでもありません。
ただ、海を見たり、山の景色を眺めたり、知らない道を走ったりするだけです。
車中泊の旅を始めて数年になりますが、最近になってひとつの疑問が浮かぶようになりました。
「私はなぜ、こんなにも車中泊の旅に惹かれるのだろうか」
車中泊は決して快適なことばかりではありません。
狭い車内で眠り、天候に左右されることもあります。
ホテルに泊まった方が快適ですし、移動しない方が楽なこともあります。
それでも私は、時間を見つけては車を走らせたくなります。
仕事で疲れた週末でも。
連休が取れた時でも。
気がつけば、また旅の計画を考えています。
最近、その理由が少しずつ分かってきた気がしています。
もしかすると私は、景色を見に行っているのではなく、自分の時間を取り戻しに行っているのかもしれません。
今回は、私が車中泊の旅に惹かれる理由について、今の正直な気持ちを書いてみたいと思います。
車中泊の旅は、自分で時間を選べる
仕事の日は、ほとんどの時間が予定で埋まっています。
出勤時間も決まっている。
会議の時間も決まっている。
やるべき仕事も決まっている。
責任ある立場になればなるほど、自分の意思だけでは決められないことが増えていきます。
もちろん、それが仕事です。
生活を支えるために必要なことでもあります。
しかし車中泊の旅では違います。
どこへ行くのか。
どこで休憩するのか。
何時に出発するのか。
どこで眠るのか。
すべて自分で決めることができます。
たったそれだけのことなのに、私はそこに大きな自由を感じます。
もしかすると私は、旅そのものに惹かれているのではないのかもしれません。
自分で時間や場所を選べること。
予定に縛られず寄り道できること。
少しだけ冒険するようなワクワクやドキドキを感じられること。
そして何より、「今、自分は生きている」と実感できること。
私はそんな時間に惹かれているのかもしれません。
旅の途中で感じるワクワクと静けさ
車中泊の旅でテンションが上がる瞬間がいくつかあります。
車を走らせていると急に視界が開けて眼前に遥かな海岸線が現れた瞬間。
一人で「わーっ!すごい!海だっ!」って叫んでしまいます。
ふと、通りがかった時に見つけた小さな脇道。
どこに続くんだろうと子供じみた好奇心から寄り道してしまいます。
脇道に入ると入ったことを後悔するような細く曲がりくねった荒れた道。
木の枝やら落ち葉や小さな落石があちこちに散らばって「しばらく誰も通ってないんじゃないのか」と思うような道。
薄暗くて何か獣でも出てきそうな雰囲気。こんなところでパンクでもしたら…。携帯の電波は?と確認すると圏外…。
ゾッとしながらも同時になぜかワクワクしている自分もいる。
子供のころに近くの山に探検ごっこに行っていたあの感覚に近いのかもしれません。
もしかすると私は、車中泊の旅をしているのではなく、子供の頃に置いてきた探検心を取り戻しに行っているのかもしれません。
やっと大通りにたどり着き、ほっと胸をなでおろします。
もうこんな道はこりごりだと思うのですが、不思議なことにしばらくすると、
「また寄り道してみようかな」
と思っている自分がいます。
朝、車のドアを開けた瞬間。
冷たい空気。
鳥の鳴き声。
木々の揺れる音。
遠くの山並み。
その瞬間だけは、仕事のことも忘れています。
何かを達成しなくてもいい。
誰かに評価されなくてもいい。
ただそこにいるだけで満たされる感覚があります。
私は昔から、風や匂い、光や音を感じることが好きでした。
車中泊の旅は、それらを思い出させてくれる時間なのだと思います。
車を走らせると、自分に戻れる気がする
休日になると、なぜか車を走らせたくなります。
特別な目的地があるわけではありません。
ただ海を見たり、山道を走ったり、知らない町を通ったりするだけです。
それでも気持ちが軽くなります。
不思議なことに、運転している時間は悩みも整理されていきます。
仕事のこと。
将来のこと。
家族のこと。
いろいろ考えながら走っているうちに、少しずつ頭の中が整理されていくのです。
車中泊の旅は、私にとって移動ではなく、自分を整える時間なのかもしれません。
私は景色を見たいのではなく、生きている実感を感じたい
以前の私は、
「きれいな景色が見たいから旅に出る」
と思っていました。
でも最近は少し違う気がしています。
もちろん景色は好きです。
海も山も大好きです。
しかし本当に求めているのは、景色そのものではないのかもしれません。
風を感じること。
空を見上げること。
コーヒーを飲みながら朝日を見ること。
見知らぬ土地で夜を迎えること。
そんな何気ない瞬間に、
「生きているな」
と感じることがあります。
私が旅に求めているのは、絶景ではなく、生きている実感なのだと思います。
人生の呼吸を取り戻すために
最近、私は仕事帰りによく考えます。
こんなに疲れて、何のために働いているのだろう。
本当に欲しいものは何なのだろう。
もちろん生活は大切です。
家族も大切です。
責任もあります。
それは今も変わりません。
でも、お金や地位や役職だけでは満たされない何かがあることも事実です。
私はたぶん、人生の呼吸を求めているのだと思います。
車中泊の旅に出ると、少しだけ呼吸が深くなります。
少しだけ心が軽くなります。
少しだけ自分を取り戻せる気がします。
だから私は、また旅に出たくなるのでしょう。
まとめ
私はなぜ車中泊の旅に惹かれるのだろうか。
その答えはまだ完全には分かりません。
ただひとつ言えるのは、車中泊の旅は私にとって単なる趣味ではないということです。
自然の中で過ごす時間。
自分で時間を選べる感覚。
風や光や音を感じる瞬間。
それらは、忙しい日常の中で忘れかけていた自分自身を思い出させてくれます。
もしかすると私は、景色を探しているのではなく、自分自身を探しているのかもしれません。
そしてこれからも、その答えを探しながら旅を続けていくのだと思います。
車中泊の旅は、私にとって単なる移動ではありません。
人生の呼吸を取り戻すための、大切な時間なのです。


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